日別アーカイブ: 2020年1月24日

恋と夢想とハートカクテル。

こんにちは、バーシエールの岡本です。しかし、

寒いですね。暖冬とはいえ、これくらいやって

おかないと冬の沽券に関わるのでしょうか。

そんな見栄っ張りの冬の対策として、ハートウォー

ミングな恋の話を今回はしていきます。来月は

バレンタインですしね。暖まっていってください。

ところで皆さん、ハートカクテルという漫画を

ご存知でしょうか。漫画家、イラストレーター

の、わたせ せいぞうさんが描いた漫画で、19

83年から1989年の間、一世を風靡した流行

漫画です。とは言っても、人物画以外の画力が強

く、オールカラー、ショートストーリーの作品で

あった為、イラスト集のような作品でもありまし

た。そしてこれは個人的な記憶の一片としてなの

ですが、当時、『ストップ!! ひばりくん! 』などで

ほぼ同時期に人気を博していた同じく、漫画家、

イラストレーターの江口寿史さんの作品とはまた

違った魅力を持った作風です。まあ、一般的に

見たら、比べる事自体がナンセンスなのでしょう

が、何せ私はこの当時小学生ですから、3ビット

ほどしかない脳みその記憶なんざこんなものです。

当時の私の記憶の中ではこの御二方が何故か拮抗

していました 笑 まあ、とにかく江口さんの画力

は、現在に至るまでのイラストレーターとしての

作品でもお分かり頂けますように、人物に集中して

おりますので、わたせさんとはまるで正反対の魅力

を持ち合わせています。シナリオストーリーも全く

正反対です。というより、今思えば作品が云々とい

う問題ではないですよね。これはもう、人間性の

違いなのだと思います。江口さんは人気真っ只中に

連載を放り投げるなど、破天荒な仕事ぶりが有名

で、漫画の内容も独特なセンスのギャグ漫画を描い

ていたのに対し、わたせさんはもう、耽美主義の塊

のような作風というか、極度のナルシストなのか、

ストーリーもいちいちお洒落ですね。長編などの

構想を練る場合に、村上春樹さんや向田邦子さん

などの作品を読むと、ご本人はおっしゃっていまし

た。なるほど、似ています。向田邦子さんはとも

かく、こんな言い方は語弊があるかもしれません

が、村上春樹さんは同じ種類の人間なのだと

思います。学部は違いますが、大学も同じ、年齢も

ほぼ同世代ですしね。江口さんではありません

でした 笑 私の中で勝手に拮抗していたこの

御二方の共通点は、漫画家でイラストレーターで

ある事と、女性を描く事がとてもお上手だという事

のみでしたね。いい大人になってから初めて辿り

着けた真実です。

江口寿史さんのイラストです。

さて、このハートカクテルという漫画。実はアニメ

化もされています。1986年から1988年まで

の約二年間、更に言えば、その間に、ドラマ実写化

もされていました。ドラマの方は今回は触れません

がね。ちなみに、三上博史さんと鈴木保奈美さんが

演者として出演していました。さておき、この

アニメはそもそもショートストーリーなので、

当時、現在のJT の前身であった日本たばこ一社の

提供で放映していました。

ショートストーリーをたばこ一本分と表現していま

すね。どなたのキャッチコピーなのかはわかりませ

んが、ハートカクテルにピッタリの洒落た番宣文句

です。そもそもハートカクテルとはどういった漫画

なのかというと、一言で云うならばショートラブ

ストーリー。ただ、様々なディテールにこだわる

わたせさんですから、車やバイク、建築様式から

インテリア、主人公たちの着る洋服にバッグなど、

どれもファッション性の高いセンスの良い物ばかり

を集めてデザインなさっています。舞台は様々で、

時折り外国へ飛びますが、基本は日本だと思いま

す。神戸出身の方なので、港町が多く登場すると

いうのも印象的です。四季折々に合わせたこれらの

描写も見どころの一つですね。元々、わたせさんは

保険会社に勤めていながらも、平日は仕事。休日は

ハートカクテルという生活をなさっていたらしく、

汲々の毎日を過ごす中、ご自身の趣味や夢想を全面

にぶつけたのがハートカクテルの世界になったと

おっしゃっていました。特に車にバイクはお好きだ

ったようですね。シトロエンにヴォルクスワーゲン

、ホンダのオフロードバイクにベスパなどが、

そっとストーリーに華を添えます。それと忘れては

ならないのが、酒、たばこ、バーの存在ですね。

たばこは原作よりアニメの方がより多く登場して

いたように思います。時代もありますが、まあ、

日本たばこの提供ですからね。今見ると懐かしい

銘柄が次々と登場します。酒もまた時代が絡んで

いますね。ビールはバドワイザー、カールスバー

グ。レーベンブロイ。ウイスキーはカティサーク

など、バブル期に流行っていた洋酒がさり気なく、

主人公たちの日常に溶け込んでいます。カティサー

クを帆船の酒と表現しているあたりが印象的です。

まあ、版権問題なんでしょうけど、帆船の酒って

いい響きですよね。痺れます。バーを絡めたシーン

にこれらの酒は多く登場します。港町にバーはたく

さん点在していますから、ハートカクテルにも当然

顔を出します。ハートカクテルに限らず、トレンデ

ィドラマにねるとんなど、80年代という、恋多き

時代にはおあつらえ向きのロケーションであったで

しょうね。80年代ですと、87年の 『Ryu’s Bar

気ままにいい夜』が記憶に鮮明です。村上龍さんが

MCを務めたトーク番組でしたけど、龍さんの声が

小さすぎて、聞き取るのが大変だったのをよく覚え

ています 笑 漫画では、ハートカクテル。テレビ

番組では、Ryu’s Bar。この二つが、思春期であった

私に初めて大人を感じさせてくれたメディアでし

た。

ハートカクテルには、時折りファンタジーな生き物

が登場します。おそらくこれらの生き物は主人公の

メンタルを具現化した物なのでしょう。わたせさん

は必ずこれらの生き物にボウタイ、所謂、蝶ネク

タイを付けさせます。まるでアリス・イン・ワンダ

ーランドの白ウサギのようで可愛いのですが、この

お馬さんの方。このシーンは、主人公が「何か飲む

かい?」と、お馬さんに尋ねるシーンなのですが、

この馬、この風貌でこの後「スプリッツァ!」と

言い放ちます 笑 スプリッツァとは白ワインを

ソーダで割ってライム果汁を絞る、私にとっても

お気に入りのカクテルです。このお馬さん、突然

玄関からやってきて、ドカッとダイニングのテーブ

ルを占領すると、この風貌でスプリッツァを注文す

るのです。また美味しそうに飲むんですよね、口の

先にグラス当てて 笑

原作のコミックとアニメーションとの最大の違いは

やはり音。声を当てている声優さんは作風を乱さな

い為か、個性はあまりありません。その代わり音楽

には特別にこだわっています。放映クール中前半は

主に、中森明菜さんのミ・アモーレの作曲などを

手掛けた松岡直也さん。後半は、当時、テレビ番組

にもよく出演なさっていましたね。作曲家の三枝

成章さんが担当していました。村上春樹さんもそう

ですが、わたせさんも作中に音楽を頻繁に盛り込み

ます。勿論、原作を忠実に踏襲する形で再現してい

ますが、ストーリー毎に作られた楽曲の何とハイ

レベルな事か。今聴くと更に良さが分かります。

松岡直也さんの透明感のあるファッショナブルな

作品に更に輪をかけて贅沢な旋律に仕立てているの

が三枝成章さんというイメージ。これ、アニメー

ションのBGMという楽曲レベルではないですよ。

サウンドトラックもかなり売れたらしいです。実に

素晴らしい。恍惚と聴き入ってしまいます。酒との

相性が抜群ですね。

さて、ここで、数ある作品の中で、特に私が推薦す

るストーリーをいくつか紹介致します。ワンエピソ

ードにつき3分弱なので、良かったらご覧になって

下さい。ただ、あくまで主観ですので、皆さんの

胸には刺さらないかもしれませんが、悪しからず。

『兄のジッポ』

主人公の男性が兄の未亡人であるレイコさんへ

想いを寄せている訳ですが、あともう一歩が踏み

込めずに逡巡している様が幼気でとても好感が

持てます。悲しみに明け暮れるだけではなく、

未来への明るい兆しも感じ取れますね。

『さよならホワイトレディ』

バレンタインという事でリストに加えました 笑

観ての通り、クールなストーリーです。ホワイト

チョコレートをこういった形で渡すあたりが、

ホワイトレディたる所以なのですかね。曲のテンポ

もクールです。

『彼のパパは東へ行けといった』

このストーリーを改めて観ると、映画、『マディソ

ン郡の橋』のクライマックスシーンを彷彿とさせ

ます。ロバート役のクリント・イーストウッドの

車が、交差点でフランチェスカ役のメリル・ストリ

ープ達の乗る車の前に停車して動きません。不審に

思ったフランチェスカの夫は運転席からクラクショ

ンをけたたましく何度も鳴らします。助手席のフラ

ンチェスカはドアノブに手を掛けたまま、降りてそ

のままロバートについて行くか激しく葛藤します。

やがてロバートは諦めて、ルームミラーにフランチ

ェスカから貰ったネックレスを巻き付けて後方にい

るフランチェスカへと別れの合図をし、交差点を逆

方向へ曲がって行くのです。フランチェスカはむせ

び泣き、夫は訳も分からずただ見守るだけ。そんな

シーンでした。内容は全く違うのですが、シチュ

エーションがとてもよく似ているので、フラッシュ

バックしてしまいました。このストーリーの場合、

交差点を運命の分かれ道とするならば、西は逃げ道

なのでしょうね。亡くなってしまった彼の思い出に

浸り、いっときは楽な気持ちになるのでしょう。

ですが実際のところ、止まったままの人生を歩む事

になる。しかし、東へ行っても楽な気持ちにはなり

ません。彼の思い出から脱却するには茨の道となる

でしょう。けれども、幸福というものを到達点とす

るなら、東の街を目指した方がほんの少し近道にな

るのです。それを表すように、標識では東の街が少

しだけ近くなっています。そして陽光が差す中、彼

女はウィンカーを右に切り替える。短い作品の中に

たくさんの情報を詰め込んだ良作品ですね。

素晴らしい。

『カノジョのほほえみはミスティー』

恋を本気でするとこうなるの典型かと思われます。

私はこの症状に経験があるもので 笑

人を好きになると、たくさんの力を授かりますよ

ね。生きていても張り合いがあるし、ありふれた

風景も美しく見えたり。何をしていても楽しかった

りと、数え上げたらキリがありません。その代わ

り、恐ろしく深い闇もついて回りますけどね。相手

が何を考えているのか推し量れない時などは、自分

の事を本当に好きでいてくれているのだろうかだと

か、そしてその好きという気持ちは自分と同じくら

い強いのだろうかだとか。こちらも掘り下げれば下

げるほど、闇は濃くなる一方です。まあ、要は病気

なのです。情緒が不安定をきわめる典型的な病気

です。そして、この主人公達。きっと、まだ二人で

階段を上り始めたばかりなのでしょう。会える時間

が限られているのでしょうね。初めは皆そういうも

のです。会える時間が限られている。限られている

から尊い。けれどもその気持ちとは裏腹に、記憶が

曖昧になっていく。それは何故かというと、彼女と

会っている時間がまだ今のところ非現実的、且つ、

非日常的だからなのです。云うならば夢の中の出来

事。それを起きてから思い出すのは中々困難です

よね。幸せな症状です。帰路に就く間に彼は思い出

す作業に取り掛かりますが、途中、車のトラブルで

人助けをします。しきりにお礼をしたいとせがむ

二人を尻目に、急ぎの仕事と称してその場を後にし

ます。この出来事から先は、思い出す作業から、

儀式へと変化したのだと思います。それほど尊い

時間になったのでしょうね。彼女との時間を一人

噛み締める大切な時間です。カーオーディオの

カセットや中央フリーウェイはまさに時代ですね。

これもまた良作品です。

以上になりますが、まだまだ話し尽くせません 笑

ハートカクテルは全てのストーリーが本当に素晴ら

しいです。子供の頃の記憶がある方も、青年期、

あるいはいい大人になってからの記憶がある方も。

もう一度目を通してみませんか。懐かしいという

だけではなく、新しい発見があると思いますよ。

では、また、、

ハートカクテル