日別アーカイブ: 2020年1月15日

お帰り寅さん。

「結構毛だらけ猫灰だらけ、お尻の周りは

クソだらけってねぇ。タコはイボイボ、ニ­ワトリ

ゃハタチ、イモ虫ゃ十九で嫁に行くときた。 黒い

黒いは何見て分かる。色が黒くて貰い手なけりゃ、

山のカラスは後家ばかり。ねぇ。­色が黒くて食い

つきたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよとき

やがった!」

皆さんこんにちは、バーシエールの岡本です。

年も明けてしばらく経ちましたね、正月休みが長か

った方も短かった方も、そろそろ本腰入れて今年を

始めましょう。私は年初め、昭和の正月映画の定番

であった、男はつらいよの新作にして50作目と

なった、『男はつらいよ お帰り寅さん』を拝見

して参りましたので、今回は男はつらいよという

映画について少しお話しします。

男はつらいよといえば、寅さん。寅さんといえば

的屋。的屋といえば露天商。露天商といえば

叩き売り。叩き売りといえば、啖呵売(たんか

ばい)。という事で、冒頭を飾ったのは男はつら

いよの名物でもある、啖呵売の口上の一部分です。

特に結構毛だらけ猫灰だらけのくだりは商売以外の

シーンでも台詞として使用されていますので、多く

の人の耳に馴染んでいるかと思います。そもそも

寅さんのこの啖呵売のシーンは落語をモチーフに

しているらしく、いくつか種類がありますが、落語

の知識が明るい方などは、より楽しめるシーンなの

ではないでしょうか。大抵の作品は御約束として、

正月の参拝客や祭り縁日などの客を相手に啖呵売に

精を出す寅さんでラストシーンを締めます。主題歌

のインストルメンタルがスッと入るあたりは何度観

ても、どの作品を観ても胸が熱くなりますよね。

そして、今回のお帰り寅さんにもこのラストシーン

は存在します。しかし、他の作品と異なり、曲

が流れている最中、主演の吉岡秀隆さんの涙を皮切

りに、もう、それこそ走馬灯のように、歴代の

マドンナ達の印象的なシーンが、ワンシーンにつき

1、2秒の間隔で猛ラッシュをかけます。これには

もう、涙腺が崩壊しました。何という偉大な作品で

あったのだろうと。驚異的なマンネリの中に、色恋

沙汰や人情、東京の下町情緒や田舎町の風情などを

ふんだんに盛り込み、時宜に叶ったキャスティング

に、粋な漫談。シリーズ化された喜劇映画という

狭い枠組みにとらわれず、映画という興行アートの

極みを貫き通した作品なのではないでしょうか。

やはり、映画作家が自らメガホンを取ってきたと

いうのは大きい。初期のスターウォーズなどを良い

例として、まず、原作との相違点で不毛な論争が

起こらない。勿論、原作者がメガホンを取ったとこ

ろで、理想と現実との開きが埋まらない事は珍しく

ないでしょう。ですが、観客や演者に制作スタッ

フ。そして何よりご自身が府に落ちるかどうか。

このあたりが大きく作品には影響するのでしょう

ね。山田洋次監督の細部にまで渡った作品への飽く

なきこだわりは世界的にも有名です。特にフィルム

撮影には強く執着なさっていて、時代の流れ

に埋没した遺物、35ミリフィルムを未だに使って

撮影に臨み、出来得る限り上映まで反映させます。

勿論、現代の機器との互換が必要なので、デジタル

に焼き直すという手間が必要になってきますが、

これは合理化では埋められない、作品の豊かさに

起因するものだと、ご本人は公言なさっています。

この感覚は我々一般人に身近な物だと、音楽プレー

ヤーが例として挙げられますかね。レコード、カセ

ットテープ、CD、MD、今や電話と融合したりと、

様々な変遷を遂げた音楽プレーヤーですが、レコー

ドの需要が未だにあるように、古い物には、新しい

物でも埋められない時代の臨場感があります。利便

性で得られる機能美とは違う所謂、味があるって

やつですかね。確かにアンティークやヴィンテージ

物には独特の趣きがあります。ただ、ここまで話し

ておきながら覆してしまうようですけど、私は懐古

主義ではないので、新しい物との融合を推進します

けどね。まあ、何事にも限度が必要かと思います。

少し逸脱しましたが、とにかく、名場面集という

だけでは終わらせていない今回の作品。完結と

いう文字がないだけに意思といいますか、野望と

いいますか、作品の中からそのようなものを感じ

ました。いずれにしても、山田洋次という巨匠の泉

は、まだまだ枯れそうにありません。いつまで拝ま

せて頂けるのかはわかりませんが、貫き通して頂き

たいですね。

ここで、映画の話ばかり続いたので、少し酒の

話をします。男はつらいよシリーズには、茶の間

のシーンが数多く登場しますね。大抵の場合、

寅さんが想いを寄せるマドンナ達への妄想美談、

通称寅のアリアが始まるか、タコ社長を交えて些細

な事から大喧嘩に発展します 笑 そしてその茶

の間のちゃぶ台を彩っていた酒が、サッポロの赤星

とサントリーの角瓶です。これ、不思議、という

か、疑問に思うのが、酒造メーカーが分かれている

点なんですよね。大体こういった場合のスポンサー

は一つに絞るという勝手な解釈があるものですか

ら、昔から違和感を感じていました。どなたかわか

る方いましたら教えてください 笑 それと、

ウイスキーのチョイスで面白いのが、男はつらいよ

第1作でめでたく結婚したさくらと博でしたが、

結婚当初からしばらくの間アパート住まいをしてい

る時期があります。そして、そのアパート時代の

ちゃぶ台にはサントリーホワイトが慎ましやかに

置かれているのです。ホワイトは角瓶より幾ばくか

グレードが落ちるウイスキーですから、これは

第26作で戸建てのマイホームを購入するまでの

倹約の描写なのでしょうか 笑 ディテールには

こだわる山田監督ですから、きっと何かしらの

お考えがあっての事なのでしょうね。こちらも

どなたか事情通の方がいれば教えてください 笑

1996年。これは、車寅次郎こと、渥美清さんが

亡くなった年です。この年の8月に他界されまし

た。享年68歳。今の時代からすると、あまりに

早いお別れでした。今回は50作目という節目の

作品になったわけですが、おじちゃん役を演じた

森川信さん、松村達雄さん、下條正巳さん。おば

ちゃん役の三崎千恵子さん、タコ社長役の太宰久雄

さんも既にこの世を去っています。いずれも昭和の

映画やテレビドラマを沸かせた名優の皆さんです。

エンドロールにお名前を拝見した時、私は粛然と

襟を正す思いで眺めていました。ですが、今頃は

またお空の向こうで、おじちゃんとおばちゃんは

とらやを営み、茶の間にゆうげの支度が整うと、

寅さんを囲んで皆さん大立ち回りでしょうか。

まだ寅さんが旅をしているのなら、いつかの作品で

寅さんが満男に言って聞かせたように、私も

今後、困った事があれば、風に向かって寅さんの名

を呼んでみたいと思います。

では、また、、